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コンコン
「はーい。なにー?」
入ってきたのはM谷だった。
「おい・・・M谷、明日車の運転やってくれるんじゃなかったの? こんな時間まで起きてて大丈夫?」
「いや、(わたしの名前)が運転するんやろ?」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・とりあえず、今お互いに言えることは、早く寝ることだな・・・。」
「M谷、船はこげるよね?」
「小学生の時海洋少年団入ってた以来やけどな」
「・・・任せる。わたしは生まれてこの方、一度もオールなんて握ったことない」
「・・・これ、進んでる? 何となく、風にながされてるだけのような気がするんだけど」
「そうや」
「・・・。」
「・・・。」
「かわって。やってみる」
M谷と交代してもらい、わたしがやってみることにした。でも、初めてやることなんだから、上手く行く筈がない。
「(わたしの名前)! お前ぐるぐるまわっとるだけやんけ!」
「・・・努力は認めてくれ」
「まずいまずいまずい!主任たちの船にぶつかるぅ!」
とはいうものの、回避する技能なんかわたしたちにあるわけがなく・・・。がこっ!
「ああっ!ごめんなさいぃー!」
あわててそこからの移動を試みるが、やっぱり上手く行かない。
がこっ!
がこっ!
がこっ!
「と、とりあえず、出来るだけ他の船から遠い所に陣取ろう」
「そおいうても、できへんやん!」
「なんとかするよ。とりあえず、氷に沿って移動するから、氷のふちに船を移動させられない?」
「そのぐらいやったらやったるわ」
「で、どうするんや?」
「こうだ!!」
「必殺!氷渡りぃ!(その場で命名)」
「うおおおお、なんでそんなこと出来るんやぁ!」
「ぜえぜえ、はぁはぁ。気分は空手の寒稽古だ」
「お前、しんじられんことするやっちゃな!」
「笑い事じゃないわい!だいたい、M谷には彼女いるから期待してたんだぞ!」
「・・・確かに、これやと彼女連れて湖に行くのは無理やなぁ」
「・・・なんか悔しい。一応アウトドア派の俺としては、これはちょっといただけん。 よし、春になったら相模湖で特訓だ!」
どうせ、春になるまでに忘れてるんだろうけどね・・・。
「M谷のしかけ、重りついてる?」
「いや、ついてへん」
「この、予備にってもらった仕掛けにはおもりついてるけど・・・。」
一個しかない、これ。(どうしよう?金属のもので、糸につけられるものと言ったら?あ!あれがあるや)
わたしは財布の中をごそごそやり始める。あった!5円玉と50円玉!
「何やっとるん?」
「5円玉と50円玉、重りにするの。こういうときの常套手段でしょ!」
「おお!頭ええ!・・・俺にもくれ」
「・・・それぞれ二枚ずつしかないんだけど・・・まぁいいか。とりあえず、仕掛けをつけてからにして」
「おい、M谷、何を・・・。」
「仕掛けの針が刺さってとれんから、ライターで糸切っとる」
「そりゃまぁ、糸切りばさみないからそうするしかないわなぁ」
「針の数、半分ぐらいに減ってない?」
「しょうがないやん」
「使いものになんなくなったか、あの仕掛け・・・。」
結局、M谷は予備の仕掛けで釣りをする事になった。「さーてと、仕掛けも投入したし、あそぼあそぼ!」
わたしはディバッグ中に入っているカメラと双眼鏡を取り出す。
「あ、富士山がキレイ!写真にとっとこー!」
「あ、猛禽飛んでる!トビかなー?ミサゴとかだったらいいなー!」
「お前、最初から釣りする気できてへんやろ」
べつにいいやん、ねぇ・・・。「うーん、硬貨のおもり、ダメだなぁ・・・。」
仕掛けを引き上げながら、わたしはつぶやいた。 引っ張り上げた仕掛けには、なーんにも着いてない・・・訂正。針につけたえさが、一匹も外れずについている。
「なんで?沈むんやろ?」
「いや、それはいいんだけど、50円玉って銀色でしょ。釣れてるんじゃないかっ?ってよからぬ期待を持たせてくれる」
「ときにさぁ、ここの氷、厚いから上に乗れそうじゃない?」
いいつつ、わたしは片足を出して氷をがしがしっ!とやってみる。大丈夫そうだけど・・・。
「出来るんちゃう?」
「いや、やっぱ無理だと思う。うーん、いくらか船に体重かけたままだと出来そうな気はするけど、
完全に氷の上は無理だよ」
「無理かぁ。氷の上に立ちたかったんやけどなぁ」
「まぁ、出来ないものは仕方ないでしょ」
「ここやったら大丈夫そうやで」
「やるのか!?やるんやったら写真とったげるよ?」
「しゅに〜ん!M谷が氷の上に乗るそうです!」
近くに、わたしの上長である主任と、検査の方が乗っているボートがいたので、そちらに声をかけた。主任は面白そうに笑いながら、こっちを見ている。みしみしみし
「みしみしいってる!ヤバイ!やめれ!」
遅かった。どぼっ!
水音、下にずれるM谷の姿、そして・・・。「うわぉおぉおぉおぉ!」
飛び上がって船に転がり込むM谷。幸い、靴がずっぽり浸かった程度で済んだみたいだけど・・・。
「大丈夫!?」
「冷たい・・・。」
「靴下ここに干してええ?」
「いいけど・・・寒いでしょ?」
「寒い・・・。」
「使え」
「ええんか、これ?」
「いいよ」
「それにしても・・・やめれって言ったのに」
「あの状態やと、もう間にあわんかった」
「M谷、そっちの方、釣れそう?」
「全くあかん。だいたい、そこら辺の人たち、釣れてる気配が全くないぞ」
「・・・M谷、あっこらへん行ったら、氷の上に立てないかな?」
「立てそうやけど、いけんやろ?」
「氷割って行ったら、行けないかな?」
「無理やろ。かなりあるで」
「氷の上走っていったら、行けるんちゃうか?」
「それって、水の上走るってのと同じ理屈じゃない?片足が沈む前にもう片方の足出すっていう・・・。」
「これ、目標ね」
「なんや、目標って?」
「だから、目標。あそこまではとても行けそうにないでしょ?だから、行けそうな所まで」
「???」
「だから、こうするんだってば」
わたしはオールを振り上げ・・・。
げしっげしっげしっ!
かしゅーん!
げしっげしっげしっ!
かしゅーん!
「おいおいおいーっ!何やっとんねん!」
「?だから、氷割って、さっき線引いた所まで行くんだって」
「そりゃ、いくら何でも・・・。」
「あーっ、信じてないなぁー!」
げしっげしっ!
げしっげしっ!
げしっげしっ!
「・・・お前、しんじれんことしとるな。なんでこんな厚い氷われんねん!」
「え?なんかおかしいことしてる?簡単に割れるよ、これ」
「うそや・・・。」
「じゃ、試してみたら?見た目ほど堅くないよ、これ」
「やっぱり無理やーっ!お前、どんだけパワーあるんや!」
「えーっ?なんでぇ?お前の方がわたしよりもガタイいいのに・・・。」
「ひぃっさぁーつぅ!シャイニング・フィンガァアアアアアア!(意味不明)」
(あれ?氷の上に輪ゴム落ちてる?なんで?まぁいいや)
だいたい15分か30分ぐらい続けたろうか?いつの間にか目標地点に達していた。 ちょうどわたしらの船がすっぽり入るぐらいのへこみが、氷に出来ている。
「・・・「氷渡り」といい、今のといい、お前見た目からは信じられんようなパワーあるな」
「それ、よく言われる。けど、そんなに力ないように見えるかな、わたし?」
「これ、帰るときどするん?」
ま、それはそのときになって考えると言うことで。「じゃ、とりあえず、船の方向変えよう」
とは言ったものの、朝から今までで、にわかに操船のスキルが上がっている訳がない。その場でぐるぐるぐるぐる。「ええい!まどろっこしぃ!必殺・氷渡りぃ!」
なんとか例のへこみを脱出して、岸に向かおうとしたのだが・・・。「あんまり進んでないぞ」
M谷の言葉通り、わたしたちの船はあんまり進んでいなかった。しかも、ちょっと漕ぐのをやめるとすぐ元の場所に戻ってしまう。
「うーん、力技、使いまくったからなぁ・・・。」
「二人で漕がな、無理やな」
「よし、じゃあ、今度は俺がやるわ」
今度はM谷が漕ぐのを担当する。
「今おもったんやがな、碇、おろしっぱなしやないか?」
「あ!そういや!」
「どおりで、すぐもとの場所に戻ると思った・・・。」
碇のロープはかなり長く延びており、少なくとも10メートルぐらい引っ張ったような気がする。「よくこんなの引っ張ってここまで進んできたな・・・。」
碇を引っ張り上げ、今度はわたしが漕ぐの担当。さっきとは比べものにならないぐらい船が軽いっ!
「おう!いい感じにまっすぐすすんどるやん!」
「朝、この調子で進んで欲しかった・・・。」
「輪ゴムしらん?この借りた竿、たばねてあったんやけど・・・。」
「・・・そういや、氷の上に落ちてた。なんでこんな所にあるんかと思ってたけど、あれ、お前のだったのか」
「それにしても、(わたしの名前)、お前なにしとったんや?」
「全然釣りしとるようにはみえんかったな」
「ずっと氷割ってたね」
「えらい楽しそうやったな」
「君の笑い声しか聞こえなかったしね」