脱出!
でも、満身創痍(;_;)

進む事に決めてから30分ぐらい経ったろうか? 状況はさっきよりも好転していた。
いつの間にか周りは見通しが良くなっていたし、進んでいるところも道らしくなっている。 ただ、辺りはもう薄闇に包まれているので、±0、というのが一番正しいかもしれない。
(なんとか今日のうちに帰れそう…まだ確定じゃないけど)
だいたい、自分がどちらに向かって進んでいるかすら判らない。 うう、コンパスぐらい買っておけばよかった。 生還したら、まずはコンパスを買いに行こう!
薄暗い道を進んで行きながら、そんなことを考える。 「のんきだなぁ」と思われるかもしれないけど、わたしは野宿する事にあまり抵抗を感じないので、「最後の手段があるや」ぐらいにしか考えていなかったのだ。

「この時点では」 の話ではあるけれど。

しばらく進んでいくと、急に開けた所に出た。 斜面が扇形に大規模伐採されていて、視線を先にやると道も見える。
扇形の真ん中の部分、二つの斜面に挟まれているところは谷になっていて、その部分は何故か森になっているようだった。 谷は、そのまま直行する形で道にぶつかっている。
(ええっと、谷を歩けば確実に道にぶつかるな。 道は…曲がってるのか。上から行った方がいいように思えるけど、もし途中で崖になってる所があったら変な方に降りちゃう可能性があるなぁ。 谷に降りるのが一番確実みたいだ)
双眼鏡で地形を確認しながら、進むべき方向を考える。 この斜面、かなり急で降りるのはリスクが大きい。 まず道沿いに進み、道が途切れているなら斜面を降りるのが一番だろう。
しかし、こんな事に双眼鏡使うハメになるとは。 鳥を見るために持ってきた筈だったのに。
(帰る道は見えてる。 けど、まだ気は抜けないな。 なにしろ、道は 「見えている」 だけだ。 「今そこにいる」 わけじゃない)
まず、わたしは道の方を進んでみたのだけど、あっさり途切れていた。 依然続いている足跡も、斜面の方から続いている。 もしかして、ここの斜面を登ってきたのかな?

他に取れる手段がないので、わたしは斜面を降りることにした。…見た目よりも降りやすく、結構楽しかった。
それで、一気に谷まで降りていったのだけど、実はこの谷、なかなかやっかいな代物だった。 森になっていると思っていた場所は、実は伐採された木々が谷に落ちて来ていて、その上に丈の高い植物が生えただけのものだった。 かなり足場が悪い。その下は細い谷川になっている。 歩けると思っていたところがズボッ!となったり、細い木をへし折りながら進んだり。 どれだけ枝のカウンターパンチを喰らったことか。コンタクトだったら大変な事になっていただろう。

そしてここに来て、今までで最悪の事が起こった。 谷川が、高さ2メートルぐらいの、ちょっとした滝になってるところを飛び降りた時…。
かっしゃーん、からんからんからん…。
「げーっ!眼鏡が飛んだぁー!」
これは困る! 眼鏡があったから薄暗くてもなんとか歩けたのに、これじゃ歩けない。 視力、1.5から、一気に0.3まで低下! 近視の人の例に漏れず、わたしは眼鏡をかけていない状態では、薄闇であっても殆どものが見えない。 町中を歩くには支障はないけど、ここは障害物だらけ。 しかも地面は岩!どういう事になってもおかしくない。
さらに事態が悪くなってはたまらないので、急いで眼鏡を探す。でも、懐中電灯なんか持っていない。 仕方がないので、ライターを明かりにしてその辺りを探しまくる。
(タバコ吸っててよかった…。)
とはいうものの、眼鏡は見つからない。 だいたい、ライターの火で明るくなる範囲なんて、直径10pぐらいのものだ。
(まずいなぁ。音からすると、この辺に落ちてる筈なんだけど・・・うー、また4万ぐらいの出費がぁ)
我ながら、緊迫感のない思考だと思う。
眼鏡の落ちていそうな所をいろいろ探してみるが、あるような気配はない。
(どうしたもんかな)
いっそのこと、このまま進もうか…。 そう考えていると、たまたま手をやった所の石が落ちてきた。とっさに避けた時、滝の近くの岩の壁に体が当たる。
かたっ
「あれ?今の、眼鏡が倒れた音?上からしたぞ?」
そう思って上に目をやると、ちょっと岩の壁がへこんでいて、棚のようになっている所がある。もしかして!
ライターで照らしてみると…あった!しかも、割れていない。
(よかった。これで視界は確保できる)
一安心、と言ったところか。時間のロスはあったけど、目さえ見えればなんとかなる。道のある方向もわかってるし。
実は、これはまだ最悪の事態ではなかった。

谷川沿いに進んで行くと、ちょっとずつ川の幅が大きくなってきた。今では、結構大きな沢になっている。
(もうちょっとで道に出れそうなんだけどなぁ。 最悪、沢の中を進まなきゃいけないかも。 膝上ぐらいの浸水は覚悟しとこう)
そのうち、ちょっとした淵になっている場所にたどり着く。 淵の周りは結構高い岩の壁になってて、よじ登ることも、そこを伝っていくことも出来そうにない。こりゃ、淵の中を進まなきゃダメかなぁ?
それでも、少しでも濡れるの防ごうと、伝えるところは伝っていく。
ずるっ。ぼちゃ。
やっぱり、伝いきれなかった。でも…なーんだ、結構浅いじゃないか! 腰ぐらいまではあると思ってたのに、向こうずねの真ん中ぐらいしかないぞ。
そのとき、片方の足は岩の壁の足場においたままだった。 不安定な体勢なので、そっちの足を、淵の中に一歩踏み出す。
どぼっ!
不意に体が沈み込む感覚。 ひんやりとしたものが、胸の辺りまで押し寄せてくる。
うわぁぁぁぁぁ!
淵の中からどうやって脱出したのか、自分でも覚えていない。ただ、淵の底を思いっきり蹴ったことは覚えている。
気がつくと、いつの間にか向こう岸にいた。 服はびちょびちょ、靴は中に水が入って、たぽんたぼん音がする。 唯一の救いは、バックパックの中に入れていたカメラと双眼鏡は無事だったことぐらいか。
(最悪か!)
さっき眼鏡を落とした時にも最悪だと思っていたけど、どうやら上げ底だったらしい。もう、気分はやけくそだ。
(こうなったら、絶対に寮まで帰り着いてやる!)
だいたい、野宿のオプションは取れなくなっている。 サバイバルシートでも持ってるならともかく、こんなずぶ濡れの格好で野宿なんかしたら、風邪じゃすまない。
沢沿いにどんどん進んでいき、道が上に見える場所までたどり着く。かなり急な斜面になっているが、そんなの無視してよじ登った。
でもこの道、車が通るような道にたどり着くまでが結構長かった。気が張っているせいか、寒くない。
やっとの事で一車線の道路にたどり着いたものの…ここ、一体どこだ? 全然車が通ってないし…すぐ近くに何かの工場が見えるから、そこで訊いてみよう。

結局、工場の事務所にいた方に道を訊き、好意に甘えてJR高尾駅まで車で送ってもらって行った。ありがとう!見知らぬおじさん!

エピローグ

「寒い…。」
駅で電車を待ちながら、わたしはそう思っていた。
少しでも体温を上げようと、コンビニで買った弁当を食べているのだけど、足ががくがく震えている。 おまけに、ものを食べたのにちっとも暖かくならない。
電車が来るまで気の遠くなるような15分を過ごし、JR八王子駅まで移動する。 ここでも乗り換えで待ち合わせ。 なんとか古淵に辿りついたけれど、寮までの道のりが恐ろしく長く感じられた。

これ以来、携行品にコンパスとサバイバルシート、マグライトが加わったのは言うまでもない。

後日談

わたし本人にとってはたまったもんじゃない出来事だったけど、周りにとってはいい話のネタだったわけで…。
とりあえず、帰ってきた日の、隣の部屋の同期の反応
「おまえ、自殺でもしにいったのか!?」
そりゃそう思って当然だよなぁ。ホントに自殺行為なことやっちゃったんだし。

でも、職場の人たちの反応はもっと容赦がなかった。
あんな事をやったから当然わたしは風邪をひいてて、理由を言ったら、あっと言う間に課内に広まってしまい…会う人会う人、
「川には気をつけれよー」
しまいには、職場の全員回覧の書類の、わたしの職印を押す場所に
「川には気をつけて」
なんて書かれてる始末。ひーん(;_;)
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